卒業生便り

ヤマモト サイケ個展のお知らせ

2021年11月08日(月)
  ヤマモト サイケ個展
「ジボリ・グラり」

会期:2021年11月22日(月)~11月28日(日) 18:00 ~ 24:00 
    
会場:Cafe Bar TRINI

 〒530-0057
 大阪市北区曾根崎2-14-7


私は私の中の知らない部分をカタチにして表現することによって私を理解したかった。
サイチャンワールドにぜひ来てください。
販売も行っております。


 

『 KONANS 陶芸展Ⅲ』開催のお知らせ

2021年11月05日(金)

 KONANS 陶芸展Ⅲ

会期:2021年11月11日(木)~11月28日(日) 15:00 ~ 22:00 最終日のみ17:00まで
    月曜、火曜、水曜は休廊

会場:Relic(レリック) GALLERY&CAFE/BARhttps://relic-gallery.jimdo.com/ 
   〒593-8325
   堺市西区鳳南町3丁185 


港南高校、港南造形高校のOB・OGと教員が制作した作品展です。


港南造形高校の空気は穏やかだ。

2021年06月29日(火)
原田 ちあき(造形4期)

 私が港南造形高校に入学した理由の1つが「中学の頃クラスで1・2番目に絵がうまかったから」だった。
 デッサンの勉強は中学の美術室で独学で行った。そこそこうまいんじゃないの?なんて鼻息をフンフン出しながら受験し、無事合格。
 合格した時も「まあ絵がうまいから当然でしょ」なんて思ったりしていた。
 しかし入学式の日クラスが割り振られ自分の席につくと、クラスメイト達は先生の話も聞かず、デッサンで使うであろう鉛筆でゴリゴリと思い思いに絵を描いていた。しかもそれが信じられないほどうまいではないか・・・
 中学時代、絵はコッソリ描くものだと思っていた私はその光景に衝撃を受けた。みんなのびのびと絵を描いている。そして私の何倍もうまい・・・。
 港南造形高校にいる人間はみんな、私と同じく「中学の頃クラスで1・2番目に絵がうまい人」の集まりだという事にこの時初めて気づいた。強豪ぞろいの学校である。
 中学時代ノートの隅にイラストを描いて、「上手に描けてしまった・・・」なんてうぬぼれていた自分をひどく恥じた事を今でもよく覚えている。
 周りの絵のうまさに秒速で自信を失った私は、それでも自分には何か秀でた才能があるんじゃないか?と思い演劇部に入部した。
 演劇だって芸術だ。私は声がでかいので「多分できると思う」という、これまた根拠のない自信をひっさげ、毎日放課後廊下の隅ででかい声を出す練習をしていた。演劇は私の性格に合っていたようで、演じるという事がたちまち楽しくなった。
 高校演劇は秋頃に大会があり、それに向け毎日朝な夕な練習をした。練習に明け暮れ、涙を流すこともしばしばあった。めちゃくちゃ青春っぽい。青春っぽいというか、間違いなく青春だった。

 私のいた学年は(今でもそうかもしれないが)非常にオタクが多かった。
 ロッカーにおすすめの漫画をギチギチに詰めて「好きに読んでほしい」と布教する子や、同人即売会に出す漫画の締め切りに追われ、服の袖が常にスクリーントーンのカスだらけだった子、見た目はギャルなのに自分のロッカーや机、クラスの黒板に自作の漫画を毎週連載していた子、粘土で人形を作っている子、みんな思い思いの「好き」を大切にしていた。
 先生達もそれを最大限に尊重してくれていたように思う。
 授業もそうで、デザイン、日本画、絵画、染色、陶芸、手芸、ガラス、彫刻・・・みんな思い思いの「好き」を学校の中でじっくり丁寧に見つけ、育てていた。
 「好き」の力が伝染して、自分や他の人間の創作意欲に繋がるいいループができていた。
「しのぎを削る」や「努力をする」とは少し違っていたように思う。各々が勝手に好きなものをこねくり回し、好きが故にどんどんいい物を作れるようになっていった。
 当時は気づかなかったが、それをのびのびとサポートしてくれる先生と場所があるという事は、とてつもなく幸せな事だと思う。
 もし人生を一度だけ巻き戻せるとするならば、私はもう一度港南造形高校で学友たちの出す真っすぐな「好き」の渦に飲まれたい。
 あの独特な空気を味わえるのは本当に貴重だったし、この学校での体験は人生の中でも上位の宝だと思っている。
 コロナ禍で動きづらい部分もたくさんあると思うが、在学生たちには自分の「好き」をたくさん見つけていってほしい。

勘違いが今の原動力

2020年12月15日(火)
大山 竜(港南9期)
 
 自分のこれまでの人生で1番嬉しかった出来事は港南高校に合格できた事です。子供の頃から図画工作が好きだった中学生が、初めて自分で決めた進路でしたから、その喜びは相当なものでした。
 入学して最初の油絵の授業「なんでも良いから自由に描く」というお題でした。ほとんどの学生が初めて使うであろう袖絵具に、まず触れてみる事をテーマにした授業だったと思います。
 当然、自分も油絵具で絵を描くのは初めてで、勝手が分かりません。そこで何故か(自分でも気付いていない未知の才能を先生に見出され、褒められなければならない! )という使命感に駆られ、必死に自分なりの変わった油絵を描きました。絵を描いている最中、背後に自分の絵を見る先生の気配を感じると( 他の生徒より自分の絵を見ていた時間の方が少し長かったから、自分にはオ能があるに違いない! )などと本気で思っていました。「自分にはオ能がある」という勘違いと「誰かに認められ褒められたい」というどちらも少し恥ずかしい不純な気持ちが自分の中に膨大に存在する事を認識させられる出来事となり、40歳を過ぎた今でもこの授業を受けている夢をたまに見て恥ずかしくなります。ですがこの勘違いと承認欲求は今でも自分の原動力となり、多くの作品を生み出す手助けをしてくれています 。
 自分が今制作している物はフィギュアと呼ばれる、大量生産し販売される事を目的とした立体物です。港南高校の授業で学んだ物とは少し違いますが、造形、絵画、日本画、デザインの先生方の印象的な言葉は物作りをする上で、今でも自分を構成する大事な要素となっています。在学中の成績は毎回補修を受けるレベルで、とても褒められる物ではありませんでしたが、今の自分の、粘土で怪獣やアニメのキャラクター達を作る毎日、の原点は港南高校だったと思っています。皆に自分の作った物を見て欲しい!という思いは当時から変わりません。
 中学3年生の自分が、物作りの道に進む事を決意し、その目標を叶えるべく港南高校に進む事を決意した事を今も誇りに思います。やはり自分の人生1番の出来事でした。そしてその道を勧めてくれた母親にも感謝しています。

港南窯 KONANS陶芸展

2020年12月15日(火)
港南造形8期卒 北浦真保
 
魔王2 魔王1  捕食されるクリーチャー 考えるクトゥルフ 寄生されたツノガエル

 今人気の朝ドラの放送により、信楽焼きを始めとする焼き物が注目され始めている。しかし港南ではその数年前から、陶芸部員が膨大に増え続けている。現在の陶芸部は総勢50名程の部員が所属する人気の部活となり、ここ数年で謎に包まれている港南での陶芸ブームに卒業生達は驚きを隠せない。私が学生だった頃も、同期が5人もいれば上等なものだったと記憶している。
 昨年、陶芸部が作られてから現在に渡り強靭を奮っている松村先生の一声で、歴代の部員が再び陶芸室に招集された。この交流会の目的は、一つに同窓会であるということと、もう一つは昨年開催6月に開催された「港南陶芸30 周年記念OB展」と、10月に開催された「KONANS 陶芸展」へ向けてのミーティングも兼ねていた。高校を卒業して陶芸から離れてしまった人も続けている人も、再び集まることのできる繋がりを築いていこうという趣旨のもと、「港南窯」が結成された。「港南陶芸30周年記念OB展」では現在制作をしていない環境のない人でも参加できるようにワークショップが開かれ、60名を超える参加人数になった。
 次の「KONANS陶芸展」では、洋画の岡田篤彦先生が退職後に始められたRelic galleryの1階を会場とし、現役美大生、作家、社会人、歴代の顧問・講師を含む約20名が参加した。イラストやアクセサリー、オブジェ、器、陶フィギュアなど多様な作品が並び、2階のcafé&barでは美味しい食事やお酒を頂きながら来場者と出展者が交流できる空間が大変よかった。作品の話や学生だった頃の話、芸術・アートの話、当初は身内の中で膨れ上がった企画をきっかけに、環境や世代を超える新たな出会いが生まれる。
 港南窯はこの展覧会を始めに、まずは年に一度集まる機会を作ることを目標としている。高校、大学を卒業し、仕事をしながら徐々に広がっていく環境の中で、一つ帰る場所が出来たことを誇りに想う。
 

ありがとう。

2019年07月03日(水)
高橋〈吉田〉佳世(港南9期)
松本〈長妻〉睦美(港南9期)

 私達二人は港南高校を卒業して早25年が経ち、今でも家族ぐるみで付き合いのある仲で、現在二人とも子育て真っ最中です。昨年12月にあった陶芸部のOB会にも二人そろって参加させて頂きました。
 今回、陶芸部を創設時から引っ張ってこられた松村理身先生が定年退職まで後数年となり、初代部長こと(港南6期)石橋先輩夫妻の呼びかけで、OB会組織を改めて結成する事となりました。
 OB会の一次会では、約70名の参加があり、役員人事は松村先生の鶴の一声で次々と決まり、OB会の名前も「港南窯」となりました。
 25年前と全く変わらず『松村節』は健在で、急に学生に戻った気分になりました。
 20年ぶりの同期とも再会でき、皆の元気な姿にお互い涙がにじみ、懐かしく嬉しくもなりました。「こんなに沢山の人が集まれたのは、まっつー(松村先生)の人望の厚さのおかげやなぁ」と、とても感謝です。
 二次会では(港南11期)金田さんの『SKND酒カネダ』で美味しいお食事とお酒をいただきながら、陶芸部時代の懐かしい昔話や、お互いの近況を聞き合ったり楽しい時間を過ごさせてもらいました。
 その中でも石橋先輩夫妻の絵画教室の話を聞くと、日々の生活で一杯いっばいでしたが、「子育てだけしてるんじゃもったいない!」と二人とも奮い立たされました。
 「私達も何かやってみる?」「家の一階改装しようかなあ?」「お手伝いするよ!」とウキウキ話しながら帰りました。
 陶芸部30周年記念作品展が6月9日より港南造形高校多目的ホールにて開催されます。
 作品展の事を聞いて、おこがましいですが、「まっつーへの恩返しに何か出品したいなあ」と思いました。でも「今の自分には作りたい物、思いつかないなぁ」と思っていましたが、子どもと公園に行った時に、ふと空を見上げると「こんなのどうだろう?」とアイデアがむくむくと沸いてくる自分に驚きました。同窓会や作品展の機会を設けてくださった事に本当に感謝です!皆さんも懐かしの港南高校に、まっつー孝行に、ぜひ見に来てくださいね!
 少し早いですが、「松村先生、お疲れ様でした。定年後も、まだまだ、私達の松村先生です!気を抜かずに、ご指導&松村節を聞かせくださいませ! これからも宜しくお願い致します。」
 

港南からはじまる

2019年07月03日(水)
山本 あずみ(造形2期)

 港南造形高校では、様々な分野の創作活動を体験することができ、また絵画を通じてのユニークな人々との出会いがあり、それまでの人生とは違ったわくわく感の湧き出る毎日を過ごすことができました。
 ただ高校時代は絵を描くことは好きだけれど、自分の表現したいことが見つからず、独創的な表現をする周りの人達の中で足踏みをしている自分にもやもやとした感情を抱いていたのも事実です。
 港南で日本画の絵の具の美しさを知り興味を持ったので、大学は日本画専攻とし四年間取り組みました。そして、幼いころから好きだった鳥をテーマに作品を制作するようになりました。本当に描いてみたいものがやっと見つかったのです。
 卒業時にはハゲコウというコウノリの一種をモチーフに、巨大な作品に挑戦し、制作に没頭しました。この作品で賞をいただき、作品が卒業制作作品集の表紙になったことは大きな自信となり、その後の進路へ大きく背中を押してくれることになりました。
 大学卒業直後は、絵画修復の工房にお世話になったり、中学校の講師をしたりしながら、少しずつ作家活動を続けました。その中で様々な発表の機会に恵まれ、多くの絵を愛する仲間とも知り合う事ができたことは私の大きな財産の一つとなっています。現在は高校で美術講師を続けながら作家活動を行っています。また、墨を使った教育活動のNPOで、現場の先生方や児童、生徒に墨を使った教育活動のサポートを行ったり、海外のワークショップで海外の学生たちと交流を持ったりしています。
 講師を続ける中では、様々な背景をもった生徒たちとの出会いの中で、心身ともに疲れて絵筆を持てないときもありましたが、今思うとその中で考えた事や協力しあった人々との出会い、また個性豊かな生徒たちから刺激を受けたことも私の財産の一つとなっています。
 今、高校を卒業してからの日々を振り返り改めて思うことは、「港南造形高校で過ごせて良かった。」ということです。
 絵を画く仲間として生徒を対等の人として見てくださった先生方、日本一といわれた設備、そしてユニークな発想の同級生、そんな環境が球根の私に大きな土壌を与えてくれていたのではないかと思います。
 今の私はやっと芽をだした頃でしょうか?港南造形高校の卒業生としてこの土壌にもっともっと根をひろげ、大きく茎を伸ばし葉を茂らせ花も咲かせたいところですが、どうなることでしょうか?せめて枯らさないように今はせっせと水をやることにします。(笑)
 

自分にしか作れないもの作る

2019年07月03日(水)
中島 賢大(造形2期)

 僕は幼い頃から「作る」という行動が好きで、物心がつくより以前からそれは自然とやっていて、粘土細工で遊ぶ用のテーブルの上には、常に何かしらのディオラマができているほどでした。
 思えばそんな年から「自分にしか作れないもの作る」生き方を強く願っていたのかもしれません。
 時間と疲れを忘れ、没頭できるものに挑戦し続けたいと願いはじめていた受験シーズンで、進路相談で紹介していただいたのが港南造形でした。
 自分がやりたいこと、なにをして生きていくかを港南造形で見つけ、卒業後は大阪芸術大学で版画を専攻していました。
 高校時代絵画部に所属し、海が好きなので青い海の絵を主に描いていたのですが、大学に入学してまもなくシュールレアリスムの世界に感化され、作風がガラリと変わり、土着的且つちょっと不気味かわいい物体が登場するようになります。学外活動としては他大学の学生たちとの交流も経て、チャリティのイベントなどでライブペイントをさせていただいたりとアートを通じて様々なことに取り組む方々との貴重な出逢いがあったりと、好きなことを続けていくことに生きがいを感じ、「オレこんなんがやりたかった」という思いが一層強くなったのもこの時期でございました。
 大学卒業後の現在は、日々描いている人間が存在しない異世界に住む“イキモノ”たちの物語『ドンランド』を描き始めます。
 作品として関西を中心に展覧会などの数多くイベントなどに出展しながら、2013年には初個展、2014年からは叔父とともに実家の一室を改装した「TAMAEDO GALLERY」の運営を開始。以降は展示イベントも自身で企画しながら活動しております。
 今後の展開としては、東京など府外の展示や、大きなアートイベントにも参加したり、また絵やデザイン制作の依頼を受けられるようになっていきたいと考えています。
 仕事の傍ら限られた時間の中で、夢を追い創作活動を続けておりますが、改めて振り返ってみますと、「港南造形に出会えたこと」が今の自分の創作意欲を掻き立てる根源であるように思えます。
 港南造形の同期の皆や先生方に出会えたこと、言葉にできないほどに本当に感謝しています。

港南一家 石橋 英司(港南6期)

2018年10月18日(木)
 現在、港南卒の夫婦でこども絵画教室とデザイン事務所を経営しています。
 在学中、陶芸室によく通っていた私達は、ある先生の「お前らぁクラブ作れ~」の一声で陶芸部を作ったのが思い出深いです。卒業後は陶芸、ファッションデザインと別々の大学に進学、就職そして結婚し双子の娘が生まました。その後娘達は港南造形に入学し私達が教わった先生方にもお世話になり、共通の話題を語る事も。。。その娘達も今年港南造形を卒業し芸大に進学する事が出来ました。
 娘達に絵を教えた事がきっかけで開いた絵画教室、子供ならではの発想を大切に指導しています。高校時代多くの課題や制作をこなしたからこそ今の自分達があり、子供達にも楽しさを伝えられるのだと思っています。
 絵画教室の子供達は年に数点ずつコンクールに出品しているのですが、ある時「先生は出さないの?」と突っ込まれ、公募サイトで見つけたコンクール「第一回妖怪造形大賞」、当時妖怪ウォッチが子供に人気だった事もあり出品する事にしました。見つけたのが〆切三週間前で第一回という事もあり不安の中始めた制作、取り掛かると楽しすぎて高校時代に戻った気持ちでした。連日遅くまで制作したかいもあり、賞を頂く事が出来それからここ数年妖怪造りに没頭しています。第二回からは子供達も参加して金賞も頂き、今年も「先生に勝つ!」と闘志ムンムンで制作しています。子供達に教え、教えられてやってきた教室も約十五年、娘達の入学以降私達の教室から毎年数名ずつですが港南造形を希望し入学しています。
 好きな事や夢に向かって進んで行く事は難しい事かもしれません。でも、今だからこそ言えます。「港南でよかった」と。
これからも港南大好き港南一家で進んで行こうと思います。
 

いかに面白いか 栗原 香織(造形1期)

2018年10月18日(木)
 港南造形高校を卒業した後、京都精華大学で4年間陶芸を専攻し、その半年後にフランスへ留学しました。現在は陶芸作家として独立し、パリのアトリエを拠点にフランス・ヨーロッパで作品を発表しています。
 2010年にフランスに渡って、アンジェという街で語学学校に通い、その後2年間パリのジュエリーの学校に通いました。ジュエリー作家や陶芸家などさまざまな分野の作家に出会う生活の中で、卒業後は作家としてこの国に居たいという思いが強くなりました。独立するためには準備の時間が必要で、さらにヴェルサイユ市にある美術学校に在籍し“これから”を模索しながら、学校とは別に友達の陶芸家のアトリエを借りて制作を続けました。2015年にフランス工芸協会が主催するコンクールで若手作家賞を受賞したことがきっかけとなり、ジュエリーではなく陶芸に進むことを決めました。翌年にアトリエを得て独立、美術学校卒業と同時に制作の毎日が始まりました。今は展覧会やサロン、陶器市に参加し、作品を発表して生活しています。最初にフランスに来た頃は2、3年の滞在を考えていましたが、あまり先の事は考えず、予定の立てられる範囲の“今”を重ねていたら、8年目を向かえていました。
 小さい頃からものをつくることは好きでしたが、仕上がった作品に対して美しいという表現ではなく、面白いという見方があることを港南造形高校の時に学びました。この「いかに面白いか」という感覚は当時の私にはとても新鮮で、また、この感覚こそがものづくりを好きでいられること、続けられることにつながっていると思っています。
 今年はロンドンでのアートサロン、スイスのカルージュでの個展、パリでの陶器市に向けて準備しています。毎日アトリエに向える生活は夢のようで、最高に苦しい。でも好きな場所で好きな仕事をするのはやはり幸せです。