卒業生便り

ありがとう。

2019年07月03日(水)
高橋〈吉田〉佳世(港南9期)
松本〈長妻〉睦美(港南9期)

 私達二人は港南高校を卒業して早25年が経ち、今でも家族ぐるみで付き合いのある仲で、現在二人とも子育て真っ最中です。昨年12月にあった陶芸部のOB会にも二人そろって参加させて頂きました。
 今回、陶芸部を創設時から引っ張ってこられた松村理身先生が定年退職まで後数年となり、初代部長こと(港南6期)石橋先輩夫妻の呼びかけで、OB会組織を改めて結成する事となりました。
 OB会の一次会では、約70名の参加があり、役員人事は松村先生の鶴の一声で次々と決まり、OB会の名前も「港南窯」となりました。
 25年前と全く変わらず『松村節』は健在で、急に学生に戻った気分になりました。
 20年ぶりの同期とも再会でき、皆の元気な姿にお互い涙がにじみ、懐かしく嬉しくもなりました。「こんなに沢山の人が集まれたのは、まっつー(松村先生)の人望の厚さのおかげやなぁ」と、とても感謝です。
 二次会では(港南11期)金田さんの『SKND酒カネダ』で美味しいお食事とお酒をいただきながら、陶芸部時代の懐かしい昔話や、お互いの近況を聞き合ったり楽しい時間を過ごさせてもらいました。
 その中でも石橋先輩夫妻の絵画教室の話を聞くと、日々の生活で一杯いっばいでしたが、「子育てだけしてるんじゃもったいない!」と二人とも奮い立たされました。
 「私達も何かやってみる?」「家の一階改装しようかなあ?」「お手伝いするよ!」とウキウキ話しながら帰りました。
 陶芸部30周年記念作品展が6月9日より港南造形高校多目的ホールにて開催されます。
 作品展の事を聞いて、おこがましいですが、「まっつーへの恩返しに何か出品したいなあ」と思いました。でも「今の自分には作りたい物、思いつかないなぁ」と思っていましたが、子どもと公園に行った時に、ふと空を見上げると「こんなのどうだろう?」とアイデアがむくむくと沸いてくる自分に驚きました。同窓会や作品展の機会を設けてくださった事に本当に感謝です!皆さんも懐かしの港南高校に、まっつー孝行に、ぜひ見に来てくださいね!
 少し早いですが、「松村先生、お疲れ様でした。定年後も、まだまだ、私達の松村先生です!気を抜かずに、ご指導&松村節を聞かせくださいませ! これからも宜しくお願い致します。」
 

港南からはじまる

2019年07月03日(水)
山本 あずみ(造形2期)

 港南造形高校では、様々な分野の創作活動を体験することができ、また絵画を通じてのユニークな人々との出会いがあり、それまでの人生とは違ったわくわく感の湧き出る毎日を過ごすことができました。
 ただ高校時代は絵を描くことは好きだけれど、自分の表現したいことが見つからず、独創的な表現をする周りの人達の中で足踏みをしている自分にもやもやとした感情を抱いていたのも事実です。
 港南で日本画の絵の具の美しさを知り興味を持ったので、大学は日本画専攻とし四年間取り組みました。そして、幼いころから好きだった鳥をテーマに作品を制作するようになりました。本当に描いてみたいものがやっと見つかったのです。
 卒業時にはハゲコウというコウノリの一種をモチーフに、巨大な作品に挑戦し、制作に没頭しました。この作品で賞をいただき、作品が卒業制作作品集の表紙になったことは大きな自信となり、その後の進路へ大きく背中を押してくれることになりました。
 大学卒業直後は、絵画修復の工房にお世話になったり、中学校の講師をしたりしながら、少しずつ作家活動を続けました。その中で様々な発表の機会に恵まれ、多くの絵を愛する仲間とも知り合う事ができたことは私の大きな財産の一つとなっています。現在は高校で美術講師を続けながら作家活動を行っています。また、墨を使った教育活動のNPOで、現場の先生方や児童、生徒に墨を使った教育活動のサポートを行ったり、海外のワークショップで海外の学生たちと交流を持ったりしています。
 講師を続ける中では、様々な背景をもった生徒たちとの出会いの中で、心身ともに疲れて絵筆を持てないときもありましたが、今思うとその中で考えた事や協力しあった人々との出会い、また個性豊かな生徒たちから刺激を受けたことも私の財産の一つとなっています。
 今、高校を卒業してからの日々を振り返り改めて思うことは、「港南造形高校で過ごせて良かった。」ということです。
 絵を画く仲間として生徒を対等の人として見てくださった先生方、日本一といわれた設備、そしてユニークな発想の同級生、そんな環境が球根の私に大きな土壌を与えてくれていたのではないかと思います。
 今の私はやっと芽をだした頃でしょうか?港南造形高校の卒業生としてこの土壌にもっともっと根をひろげ、大きく茎を伸ばし葉を茂らせ花も咲かせたいところですが、どうなることでしょうか?せめて枯らさないように今はせっせと水をやることにします。(笑)
 

自分にしか作れないもの作る

2019年07月03日(水)
中島 賢大(造形2期)

 僕は幼い頃から「作る」という行動が好きで、物心がつくより以前からそれは自然とやっていて、粘土細工で遊ぶ用のテーブルの上には、常に何かしらのディオラマができているほどでした。
 思えばそんな年から「自分にしか作れないもの作る」生き方を強く願っていたのかもしれません。
 時間と疲れを忘れ、没頭できるものに挑戦し続けたいと願いはじめていた受験シーズンで、進路相談で紹介していただいたのが港南造形でした。
 自分がやりたいこと、なにをして生きていくかを港南造形で見つけ、卒業後は大阪芸術大学で版画を専攻していました。
 高校時代絵画部に所属し、海が好きなので青い海の絵を主に描いていたのですが、大学に入学してまもなくシュールレアリスムの世界に感化され、作風がガラリと変わり、土着的且つちょっと不気味かわいい物体が登場するようになります。学外活動としては他大学の学生たちとの交流も経て、チャリティのイベントなどでライブペイントをさせていただいたりとアートを通じて様々なことに取り組む方々との貴重な出逢いがあったりと、好きなことを続けていくことに生きがいを感じ、「オレこんなんがやりたかった」という思いが一層強くなったのもこの時期でございました。
 大学卒業後の現在は、日々描いている人間が存在しない異世界に住む“イキモノ”たちの物語『ドンランド』を描き始めます。
 作品として関西を中心に展覧会などの数多くイベントなどに出展しながら、2013年には初個展、2014年からは叔父とともに実家の一室を改装した「TAMAEDO GALLERY」の運営を開始。以降は展示イベントも自身で企画しながら活動しております。
 今後の展開としては、東京など府外の展示や、大きなアートイベントにも参加したり、また絵やデザイン制作の依頼を受けられるようになっていきたいと考えています。
 仕事の傍ら限られた時間の中で、夢を追い創作活動を続けておりますが、改めて振り返ってみますと、「港南造形に出会えたこと」が今の自分の創作意欲を掻き立てる根源であるように思えます。
 港南造形の同期の皆や先生方に出会えたこと、言葉にできないほどに本当に感謝しています。

港南一家 石橋 英司(港南6期)

2018年10月18日(木)
 現在、港南卒の夫婦でこども絵画教室とデザイン事務所を経営しています。
 在学中、陶芸室によく通っていた私達は、ある先生の「お前らぁクラブ作れ~」の一声で陶芸部を作ったのが思い出深いです。卒業後は陶芸、ファッションデザインと別々の大学に進学、就職そして結婚し双子の娘が生まました。その後娘達は港南造形に入学し私達が教わった先生方にもお世話になり、共通の話題を語る事も。。。その娘達も今年港南造形を卒業し芸大に進学する事が出来ました。
 娘達に絵を教えた事がきっかけで開いた絵画教室、子供ならではの発想を大切に指導しています。高校時代多くの課題や制作をこなしたからこそ今の自分達があり、子供達にも楽しさを伝えられるのだと思っています。
 絵画教室の子供達は年に数点ずつコンクールに出品しているのですが、ある時「先生は出さないの?」と突っ込まれ、公募サイトで見つけたコンクール「第一回妖怪造形大賞」、当時妖怪ウォッチが子供に人気だった事もあり出品する事にしました。見つけたのが〆切三週間前で第一回という事もあり不安の中始めた制作、取り掛かると楽しすぎて高校時代に戻った気持ちでした。連日遅くまで制作したかいもあり、賞を頂く事が出来それからここ数年妖怪造りに没頭しています。第二回からは子供達も参加して金賞も頂き、今年も「先生に勝つ!」と闘志ムンムンで制作しています。子供達に教え、教えられてやってきた教室も約十五年、娘達の入学以降私達の教室から毎年数名ずつですが港南造形を希望し入学しています。
 好きな事や夢に向かって進んで行く事は難しい事かもしれません。でも、今だからこそ言えます。「港南でよかった」と。
これからも港南大好き港南一家で進んで行こうと思います。
 

いかに面白いか 栗原 香織(造形1期)

2018年10月18日(木)
 港南造形高校を卒業した後、京都精華大学で4年間陶芸を専攻し、その半年後にフランスへ留学しました。現在は陶芸作家として独立し、パリのアトリエを拠点にフランス・ヨーロッパで作品を発表しています。
 2010年にフランスに渡って、アンジェという街で語学学校に通い、その後2年間パリのジュエリーの学校に通いました。ジュエリー作家や陶芸家などさまざまな分野の作家に出会う生活の中で、卒業後は作家としてこの国に居たいという思いが強くなりました。独立するためには準備の時間が必要で、さらにヴェルサイユ市にある美術学校に在籍し“これから”を模索しながら、学校とは別に友達の陶芸家のアトリエを借りて制作を続けました。2015年にフランス工芸協会が主催するコンクールで若手作家賞を受賞したことがきっかけとなり、ジュエリーではなく陶芸に進むことを決めました。翌年にアトリエを得て独立、美術学校卒業と同時に制作の毎日が始まりました。今は展覧会やサロン、陶器市に参加し、作品を発表して生活しています。最初にフランスに来た頃は2、3年の滞在を考えていましたが、あまり先の事は考えず、予定の立てられる範囲の“今”を重ねていたら、8年目を向かえていました。
 小さい頃からものをつくることは好きでしたが、仕上がった作品に対して美しいという表現ではなく、面白いという見方があることを港南造形高校の時に学びました。この「いかに面白いか」という感覚は当時の私にはとても新鮮で、また、この感覚こそがものづくりを好きでいられること、続けられることにつながっていると思っています。
 今年はロンドンでのアートサロン、スイスのカルージュでの個展、パリでの陶器市に向けて準備しています。毎日アトリエに向える生活は夢のようで、最高に苦しい。でも好きな場所で好きな仕事をするのはやはり幸せです。
 

30周年記念メンバー、再び・・・ 山﨑 功典(港南11期)

2018年10月18日(木)
 港南高校7期生 栗田ロビン、11期生 山﨑功典、13期生 中村譲司、19期生 大山藍。
 4年前の港南高校・港南造形高校創立30周年記念式典にて、対談会を行ったメンバーです。
 記念式典以後、栗田ロビンさんのお声かけで毎年4月に集まって、ある時は鴨川沿いで桜を見ながら、またある時はジョージさんのアトリエで、酒を酌み交わしています。
 今年はジョージさんのアトリエにて奥様にもご参加いただきました。
(以下、それぞれの近況です。)
 栗田 ロビン
 この一年半ほどは、漫画作品が連載手前までいっては流れる、を繰り返しております。
しかし、その度に作品がバージョンアップしておりますので、年内には、作品が連載されると思います!
その際には、改めてご報告させて頂きますので、どうぞよろしくお願いします!
 中村 譲司
 大阪に生まれて港南高校を卒業するまで18年大阪で育ちました。卒業後、京都の大学へ進学し現在まで京都で過ごしてきました。ちょうど今年で京都生活19年目になり、大阪での生活より京都での生活の方が長くなりました。
 最近「Kyotoism」という言葉を使うようにしています。京都の生活が自分の体に染み付いてくることで"京都らしさ"というものが、おのずと作品にも染み込んでいっている事を大切にした考え方です。
 近年、アジアの文化に興味を持ち始め、お茶の文化に触れることがキッカケで茶器を作るようになり、市場が国内から国外へ向くようになりました。
 自身の制作の拠点である京都の文化から「Kyotoism」を世界へ魅せる事が今の私の制作の楽しみになっています。
 大山 藍
 そうですね、大きく変わったことは家庭を持つことになりそうだというところですかね。笑
 あとは2年ほど前に音楽を辞めようと、活動を休止していたことです。
 「本当に大事なもの」を選りすぐっていくのが生きてくことだと思うので、私にとって音楽は大事なものでしたがそれが、どれくらい大切なのかを確かめるために、一度立ち止まる、ということをしてみました。
 結果、自分の人生に表現、歌うことが、心身共に切り離せないものだと気付き、歌うことの意味が少し変わりました。
 これから、どんな変化があっても、その時に寄り添い表現していくことが、私のやりたいことだなと思うので、それをずっとやり続けること、惜しまないこと、が、今の目標です。
 山﨑 功典
 依然、北摂つばさ高校に教諭として勤務しています。今年から「美術工芸表現コース」を立ち上げ、港南造形高校に対する「美術が盛んな学校」を作ろうとしています。
 港南高校の美術科やモダンクラフト科のみなさんは出品されていた方も多い「高校展」の運営にも携わらせていただいており、毎年母校港南造形高校の生徒作品を見るのを楽しみにしています。
 
 同じ「港南」の卒業生であり、違う時代の「港南」を過ごした4人ですが、30周年記念式典がきっかけで繋がった不思議な縁に感謝しています。

モダンクラフト科 中村 理恵子(港南10期)

2018年10月18日(木)
 20歳の同窓会を最後に、この20年間、だんだんと会う機会も減り、一年に一度の年賀状にモダンクラフト科の風味を感じつつも、旧友たちとは疎遠になっていました。
 今回、桑畑先生のご退職と我々の40歳という節目の年とが重なり、昨年の11月に20年ぶりの港南高等学校10期生モダンクラフト科同窓会を開催いたしました。
 不安からか、やけに多い幹事総勢12名であれこれと準備し、卒業以来の先生方に正座で電話をかけてみたり、お店の下見という名のプチ同窓会を重ねました。おかげさまで同期29名と、森田耕太郎先生、森田佳子先生、峯山聡先生、桑畑健二先生がご出席下さいました。岡田篤彦先生には動画メッセージという形でご参加いただきました。
 あの頃の私たちは、今のJKとはほど遠く、スカートは膝下必須、メイクどころか眉毛も整えず、雨の日も風の日もポートフォリオを片手に満員電車に乗り込み、週末は課題に追われ、なのに毎日楽しくて仕方がないという日々を過ごしていました。
 あれから22年、近況を報告し、文集や卒業アルバムを眺め、若気の至りエピソードで盛り上がりました。
 ちなみに、20年ぶりにお会いした先生方はどなたも、あの頃の私たちよりも楽しく過ごされているようでした。
 ご参加下さいました先生方、同期生の皆さま、本当にありがとうございました。
 またお会いできる日を楽しみにしております。

教育実習を終えて (森本 杏花先生)

2018年10月12日(金)

今年度、教育実習に来られた先生から実習についての感想をいただきましたので、掲載させていただきます。
 

9月15日、母校での3週間の教育実習が終わりました。長いと思っていた3週間は本当にあっという間で、今でもたまに港南造形が恋しくなります。この3週間は授業見学、研究授業、文化祭準備、台風被害の現状復帰など、様々な貴重な体験ができた3週間でした。特に研究授業は本当に大変で、私は「同化」と「対比」という色彩の現象についての授業をさせて頂いたのですが、教材研究はいくらやってもやり過ぎることはないのだと感じました。また、生徒の皆さんと共に行った文化祭準備は、忙しい教育実習の中での癒しの時間にもなっていました。先生方に指導して頂き、生徒の皆さんと触れ合う中で、もっともっと皆さんと一緒にいたいと心から思っている自分がいました。先生方や生徒の皆さんに支えられていたからこそこの教育実習を終えることができたのだと思っています。3週間という短い時間ではありましたが、本当にありがとうございました。


森本杏花

実習を終えて (八田 育子先生)

2018年10月10日(水)

今年度、教育実習に来られた先生から実習についての感想をいただきましたので、掲載させていただきます。

 

今回港南造形高校にて教育実習をさせて頂き、自分にとってとても貴重で有意義な時間を過ごすことが出来たと思っております。

普通高校では美術教師は恐らく各1人しか在籍していないと思います。港南造形高校では沢山の美術の先生が在籍されており、多くの美術の授業を拝見させて頂くなかで、様々な授業の在り方を学ぶことが出来ました。また実習生同士においても、同様のことが言えたとのではないかと思います。

沢山の方の協力を得て実習を終えることが出来、感謝の言葉しかありません。本当にありがとうございました。

 

八田育子

あぁタイムリープができればなぁ。 文:田頭高利 絵:山崎達也 (美術科3期)

2017年06月15日(木)
 
 
 ふとした瞬間にフラッシュバックする高校時代の青き所業に「ギャッ!」と悲鳴を上げてしまいたくなる衝動に襲われたりすることが多々あるのです。
 世間知らずなのに自尊心が強くて、いつも背伸びしながら過ごしていたあの頃。
 おまけに感情の制御装置も未完成で、全ての感情のバロメーターがレッドゾーンに振り切った状態でのガチンコのコミュニケーションをしていたものだからもう振り返るだけでも背筋が凍る恐ろしのジェネレーション。
 「あぁタイムリープができればなぁ。」
 そんな背徳と慙愧の記憶を懐かしさと好奇心で包み隠し、SNSを糸口にあの頃の年齢分とプラスαの時を経て再び集うようになった僕たち。
 近況を報告しあい、よそよそしさもほぐれ、あちらこちらで巻き起こる思い出話にハラハラドキドキしながらも、様々な感情が混濁する空間は、酔いを差し引いたとしても思いがけず僕たちを当時とはまた違った味わい深い関係へと誘ってくれる。
その要因は数多あるのだろうが、一つには語り合ううちに言葉の端々から浮かび上がる、互いに会うことのなかった空白の期間に潜む様々な辛苦を感じとり共感しあえているからなのかもしれない。
 あの頃よりも僕たちの心のある部分はタフになっていて、ある部分は弱くなっていている。
 そんなそれぞれの情緒の皮膜を重ねあわせ透過してみる事で、可視化できるスペクトルの分布が広がったのかの様に、それまで僕たちを取り巻いていた世界が少し異なった意味や空間を含んで映し出されてたのだろう。いつしかあの「ギャッ!」となっていた思い出も悪く無いものへと変化し、そしてあの頃思い描いていたライフプランとは良くも悪くも違うところに居ながらも、それなりにやってこられているお互いをリアルにリスペクトしあえていた。
 変えられない過去があったからこそ、着実に積み上げていくことで超えてきた時空だからこそ生まれるエモーション。
タイムリープ願望と云う憑き物が落ちるのを感じながら、一人時空の歪みを実感していたそんな僕の向かいで、アイツはその夜もあの当時と変わらずのホクホク顔で唐揚げをほおばっていた。
(美術科3期)
文 田頭高利
絵 山崎達也