母校だより

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「定年退職にあたって」 木村 富紀(2007年4月着任)

 定年退職にあたって、立命化友会より所感をまとめる機会を頂いたので、研究、学部の運営、教育の三点から、在職期間を振り返ってみたいと思う。

 私の研究歴は、1981年4月の大学院入学に遡る。
 大学院時代は、British Council給費留学生として留学したOxford大学Sir William Dunn School Pathologyにおける研究を含め、脳炎を引き起こすFlavivirusを用いて、宿主細胞へのウイルスの感染侵入メカニズムの解析を行った。学位取得後は、博士研究員として採用された英国Medical Research CouncilのLaboratory of Molecular Biologyにおいて、ヒト免疫不全ウイルスI型 (HIV-1)がコードするウイルス増殖調節遺伝子であるrevの作用メカニズム解析にあたった。その後の研究から、本遺伝子産物はSplicingを免れイントロンを残すウイルスゲノムRNAの核外輸送を調節することが明らかとなり、帰国後は様々な細胞由来RNAの核外輸送機構に関わる研究を進めた。
 2007年4月に立命館大学への異動が決まった際に先ず考えたことは、今後立ち上げる新研究室で行う研究主題についてであった。90年代半ばにHIV-1 rev遺伝子の機能解明から花開いたRNA核外輸送研究は、その後世界レベルで急速に研究が進み、2007年当時には概に新規な知見は出尽くした感が強かった。そこで、これまでのRNA研究で培ってきた知見と技術を、博士研究員時代から強い興味を抱いてきた遺伝子発現制御研究に応用する事にし、ヒトゲノム研究の結果その存在が明らかにされたタンパク質をコードしないRNA(非コード性RNA)を新任地での研究主題に据えることにした。幸いなことに、非コード性RNA研究は、前任校時代からの共同研究者で私と同時に生命科学部に異動してきた西澤 幹雄教授が先鞭を付けていたことから、彼を主任とするRGIROプロジェクトに選定されることになった。このプロジェクト選定のおかげもあって新研究室における研究は順調に実を結び、抗ウイルス性自然免疫応答を制御するI型インターフェロンの発現制御には、この非コード性RNAである内在性アンチセンスRNAが転写後性に関わること、その作用メカニズムには、対応するmRNAの直接的安定性制御に加え、microRNAを吸着抑制することによるCompeting endogenous RNA効果が関わることを明らかにできた。最終的には、この内在性アンチセンスRNAの機能ドメイン配列から作製した短鎖のRNAオリゴヌクレオチドを用いて、感染動物体内における抗ウイルス性自然免疫応答制御効果を再現することに成功し、新規核酸医薬開発のためのシード化合物として特許を成立させるとともに、大学院博士課程学生の学位論文とすることができたのは幸いであった。この非コード性RNA研究は、その後がん遺伝子の発現制御研究へと発展し、乳がんの悪性転化に関わるキナーゼ分子の発現制御を可能にする内在性アンチセンスRNAの発見とその制御メカニズムの解明につながった。

 学部運営に関しては、今村学部長(当時)に指名された国際・企画担当副学部長時代(2015-17)に関わった仕事を特記したい。2015年4月に追加設置した創薬科学科の卒業生が進学する大学院修士課程として、薬学研究科薬科学専攻修士課程の設置認可申請を担当した。当初、第1期生が卒業する2019年春の設置認可を目指したが、学内諸事情により認可申請が遅れ、これは叶わなかった。しかしながら、在職中の本年3月に無事申請を済ませる事はできたので、副学部長就任にあたり今村学部長(当時)から依頼された課題に対し最低限の責任は果たせたと安堵している。
 本課程は、人材育成目的として、「医薬品の創製を中心とする学際的な薬学の専門知識と研究力を備える人材の育成」を謳い、「英語での基本的なコミュニケーション力を有し、国際的に活躍できる」ようにする教育目標を掲げた。そのため、カリキュラムポリシーには、「英語でのコミュニケーションやプレゼンテーションなどアクティブラーニング型の教育を行う科目」を設定し、これに資する目的で、本学薬学部とトロント大学Leslie Dan School of Pharmacyとの間で大学院学生並びに教員の相互交流のための協定を結んだ(本年6月締結)。この8月には、創薬科学科第1期卒業生を含む本学学生2名がLeslie Dan School of Pharmacyに研究留学に出向いており、今後の両大学薬学部並びに大学院薬学研究科間の相互の教育、研究交流に基づく発展が大いに期待される。
 
    本稿を閉じるにあたり、最後に私が主催した薬学部 病原微生物学研究室における卒業研究について触れたい。
 研究室開設初期の理工学部応用化学科/生物工学科並びに生命科学部の学生諸君に引き続き、多くの薬学部学生諸君が薬学/生命科学の基礎を学んでくれた。薬学部は、卒業後の薬剤師資格取得を前提とするため、これらの卒業生の殆ど全ては薬剤師資格取得後臨床分野に進んだ。しかし、私自身が卒業後の進路として基礎医学研究を選択したこともあり、薬学部卒業生の中からアカデミア志望学生が現れるのを密かに期待していた。この淡い期待は、創薬科学科出身の卒研生が、将来の研究者を目指し大学院に進学した本年4月に叶えられることとなった。この学生君の今後の精進に期待をし、見守りたい。

 2007年4月に本学に着任し、一生懸命駆け抜けた12年間であった。新研究室開設にあたって自分に課した教育、研究、運営の諸目標は、道半ばで終わったものも多々あったが、立命館大学薬学部と薬学研究科の将来の発展のための種まきはできたのではと自負している。今後は、薬学部特任教授として、これらの種がどのように芽吹き、育っていくかを見守って行きたい。 

追記
 申請中の薬学研究科薬科学専攻修士課程は、8月30日付で文部科学省より2020年4月1日からの設置が許可された。