2014年

2014年

観桜会(淀川背割桜)4/6(日)開催 (報告)

関西武夫原会の春のハイキングは、4月6日(日)、大阪に近い京都の八幡市、石清水八幡宮とその麓の背割堤でお花見を楽しみました。

春に3日の晴れはなし、とか言いますが、この日の天気予報も直前まで不安材料がいっぱい。それでも、「決行!」の連絡を受けて、八幡市駅前に集まったのは、男性5名、女性2名の7名でした。出会って、先ずは、お天気の話題。1日なんとかもつのでしょうか?心配です。でも、そんなお天気にも関わらず、予定通りのお花見をしようと、駅前には大小、たくさんのグループがひしめいておりました。ツァーの旗もいくつか見かけます。私たちのグループはこじんまりとして動きやすい人数です

先に八幡さんの方に行くことにしました。この「男山」と呼ばれている一帯にも桜はかなりありますが、こちらはやはりお参りが主になりますね。初めに見たのが、神應寺横の五輪の塔。高さが6メートルもある巨大な塔で、重要文化財だそうです。みんなで見上げている時、Oさんが「これは2020年に東京に持って行くことになっていまーす」と言いました。それを危うく信じてしまいそうになって、「ああ、ゴリン(五輪)、オリンピックか」と気付き、大笑い。その後も、このようなダジャレを互いに連発しながらの愉快な1日でした。

石清水八幡宮は貞観元(859)年、都の裏鬼門に位置する男山に勧請されたのが起源です。祭神は応神天皇、比咩大神、神功皇后で全国屈指の「神社」です。現在の社殿は徳川家光の修造によるもので国の重要文化財に指定されています。この神社はとても広く、上院(山上)と下院(山麓)に分かれています。あの「徒然草」の「仁和寺にある法師」が、「かばかりと心得て」帰ってしまった、その時の高良社などは、今も下院に存在します。当時は下院でさえも、もっともっと広かったのではないでしょうか。

私たちが高良社の境内を抜けて、表参道を上院社殿の向けて歩き始めた頃に、ポツリと来ました。長い石段は意外ときついし、雨には会うし・・・。それでも周りを見れば、石段に添った山肌には愛らしいスミレ、目を上げれば赤い椿。すれ違う人たちは「もう少しですよ」と声をかけてくれます。

社殿は最近、手を入れられて、朱の色が鮮やかです。日曜日で「奥」に入ることはできませんでしたので、周囲をぐるりと回ります。そこにオガタマノキという御神木がありました。これは招霊(おぎたま)から)転化した名で、1円玉の裏の図案になっているそうです。誰かが、「あれはオリーブかと思っていた」と。確かに。そう見えますよね。

ケーブルカーで山を降りて、また駅前に戻り、木津川御幸橋を渡って、本日のメインである「背割の堤」に急ぎます。このお天気ですから、いつもよりは少な目とは言え、たくさんの人です。木津川と宇治川に挟まれた、この堤の遊歩道はまさに桜のトンネル!1.4キロメートル先では、この二つの川に加えてもうひとつ、桂川も合流して淀川と名を変え、大阪湾に向かって流れています

桜トンネルウォークの前に、そろそろ12時、お弁当の時間です。南の斜面を下りて、Yさんが持って来てくれた、大きなブルーのシートを緑の若草の上に敷き、宴会の会場は出来上がり。幸いなことに、風はあるといっても、ぐんぐん青空が広がり、もう雨の心配は無くなっていました。充分に食べて、飲んで、おしゃべりを楽しみました。川向うのあの男山を見ると、なだらかな、ラクダの背(?)のような山の、その木々に覆われた斜面のところどころに淡いピンク色、本当に雲のように、霞のように・・・。ソメイヨシノが多いのでしょうけど、あの控えめな山桜もあるでしょう。

宴席に花吹雪。午前中には想像もできなかった、この展開。幹事さんがいいのか、参加者がいいのか。とにかく、ラッキーでした。

桜トンネルを先端まで歩き、帰りは土手の下を通って、緑の道を戻ります。土手の下からは、桜並木の緩やかなカーブがよく見えて、実に美しい。バーベキュースペースからのいい匂い。若者たちが踊っている。お洒落に着飾った小犬たちの徒競走。幼い子どもと大人たちの連れ。思い思いのお花見の午後でした。

3時ごろ、八幡市駅に戻って、再会を約して解散しました。

写真スポットを見つけると、Kumamoto University の旗を広げ、シャッターを押してくれる人を見つけ出す私たち!かなり目立ってはいるけど、やっぱり楽しい。次は、皆さんもご参加ください。

(18回 今泉<岩永>富美子 記)