昭和63年卒 執行聖二様からのご寄稿

2024年10月29日(火)
【蘇遙会と私】
 私は、昭和59年4月に土木工学科に入学しました。その2年前に、今の『蘇遙会』の前身?にあたる、学生のみで組織され、学生と先生の親睦を図る目的で「蘇遙会」が誕生しました。私は、そのメンバーの一人で、1年生の時は親睦委員を担当しました。今の『蘇遙会』のマークはこの年にできました。
 最初の会合は、旧「知命堂」で開催され、4年生の会長から会の趣旨、マークの意味、各種委員の役割などの話がありました。当時は、北園先生が、世話役として関わってくださいました。直近の4月の新歓コンパで、大変厳しい(笑)歓迎を受け、恐る恐る会合に参加しましたが、先輩方はとても優しく、安どしたことを今でも覚えています。七夕コンパ、駅伝大会などなど、沢山のイベントを企画し、多くの方々と親睦を深めることができ、嬉しく思いました。
 私が4年生の時、第6代の「蘇遙会」会長をさせていただきました。当時、工学部が90周年記念行事を行っていましたので、「蘇遙会」として何かできないかと考え、「蘇遙会テレホンカード」を100枚作製しました。私が勝手にデザインしました。土木系教室の前にいた私に、テレカを見た当時の建築系教室の牧野教授(熊大建築卒、建築応援団OB)から、「土木らしいデザインだなあ」と微笑みなら、コメントをいただいたことを思い出します(当時の土木に、大変理解のある先生でした)。「熊大土木」「剛毅朴訥」「蘇遙会」という語句と大学、高専、蘇遙会のマークを単純に並べ、白地に黒文字という、いわゆる「熊大土木カラー」の素朴で単純なデザインでした。それが、いい意味で「土木らしい」と言ってくださったのかな?と勝手に解釈しました。
 昭和62年秋に作製したこのテレカは、未使用のまま40年間、熊大を離れて、私の手元で保管していました(当時1枚だけ購入)が、先日、『蘇遙会』に贈呈(いや、返還? 里帰り?)させていただきました。
 私は今年9月で還暦を迎え、改めてこれまでの人生を振り返ると、「熊大土木」「蘇遙会」で過ごした4年間が、私の中で最大級の思い出です。
 最後になりますが、教室の先生や、学生、卒業生の方々の、今後の益々のご活躍とご健勝を祈念したします。( フレー、フレー 土木 !!)

        

 

コメント 2 件

  1. 須﨑 浩二 より:

    執行さま 須崎です。
    たいへんご無沙汰しております。お元気ですか?
    使用済みテレホンカード 手元に残してます。
    執行さんの1代前の蘇遥会会長のハズですが、須崎が第4代?
    山内さんが2代目でワシは3代目だと思い込んでました。脳内overwriteしときます。
    40年ぶりかに、お会いしたいもんですネ。ぜひ、ご連絡ください。
    フレー、フレー しぎょう!!

  2. 執行聖二 より:

    須崎さま、執行です。

    たいへん、たいへん、ご無沙汰しています。
    会長の歴代数は、私も記憶が定かではありません。(笑)

    昨年(令和7年)3月に佐賀県庁を定年退職し、翌4月から建設コンサルタントに再就職しております。
    心身に留意しながら、元気に、マイペースで暮らしております。

    昨年、土木学会の全国大会が熊本であり、その夜、蘇遥会の親睦会に参加しました。
    出席されていた、北園先生からの紹介もあり、昨年11月、工業会福岡支部に特別参加させていただきました。

    須崎さんと同級生の、田尻、田中(博)、池田、荒殿、橋本、、、多くの先輩方と再会をしました。
    大学3年の時、「設計製図」を教えてくださった非常勤講師の「城さん」とも再開をしました。
    皆さん、全員、お元気でした。

    今年の11月の福岡支部にも出席(会員になりました)します。山尾先生(工業会会長)も来られる予定です。
    2年前には、佐賀支部にも来ていただきました。

    須崎さんの近況を、同級生の方々にもお伝えさせていただきます。
    そこ辺りを通じて、須崎さんにコンタクトが取れればと思っております。

    引き続き、よろしくお願いします。

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