会員の広場

昭和45年中学卒 中学部同窓会のご報告

2018年06月07日(木)
私たち「いにしえの梅花ガール」(S45中学卒)17名は、5月18日ホテル竹園芦屋にて、中学部同窓会を開催しました。

蒲田(山本)祥子先生の乾杯で和やかに会はスタート。美味しいお料理はオードブルから始まりデザートまで全員が完食。食事中は、一人ひとりの近況報告の後、欠席者の葉書も紹介してそれぞれの「今」を分かち合いました。食事後は、先生VS私たちでの「じゃんけんゲーム」で盛り上がり、また、皆さんの総意で「BGS1970」と会の名前も決まりました。
最後は校歌を合唱し、次回は3年後に「祥子先生の喜寿のお祝い」で再会することをみんなで約束しました。

これからもさらに友情の絆を紡ぎ「BGS1970」の輪を広げて行きたいと思います。
今回、参加出来なかった同級生の皆様、是非次回はご参加ください。
 
同窓会幹事: 田口(赤坂)知子、小野田(玉田)育子、奥田よし枝、島崎(古谷)

作家への道を拓いてくれた梅花女子大学

2018年06月01日(金)
黒田志保子 (H10年大児卒)
 
 2016年に、『(じゃく)(ちゅう) ぞうと出会った少年』(国土社)という作品で、幼い頃から夢見ていた児童文学作家としてデビューを果たすことができました。
 いつか作家になりたいと思いつづけていたわたしに道を拓いてくれたのは、梅花女子大学です。
 当時、児童文学の創作を教えてくれる大学は、日本中でただ一校、梅花女子大学だけでした。それも、現役のプロの作家が指導してくれるという賛沢な環境です。
 作家になりたいと夢見ながら、具体的にどう頑張ればいいのか分からなかったわたしは、梅花女子大学の存在を知り、夢に一歩近づけたような気持ちになりました。
 入学後も、周囲の学生たちの中には、作家やイラストレーターを夢見る同志たちが多く、一人ぼっちで田舎から出てきたわたしには、同じ夢を持つ友人たちも同時に得ることができ、心の底から楽しい毎日を送ることができました。
 彼女たちの中には、同じように作家になった人もいます。先輩や後輩にも多くの作家がいます。今でもその方々とは作家として様々な場面で出会う機会があり、心強い存在です。こんなにも多くの作家を輩出している大学は、全国でも珍しいのではないでしょうか。
 また、在学中には、大学主催の第5回小梅童話賞で優秀賞をいただき、自分の作品にプロの画家の絵が付くという初めての経験もさせていただきました。この経験は、プロの作家になるという夢に具体性を持たせてくれたように思います。
 夢を叶えることができたこれからは、多くの、夢を持つ少女たちにバトンを繋げるような作品を書いていきたいと思っています。



 

児童文学作家になりたくて

2018年06月01日(金)
手嶋ひろ美 (手嶋洋美 H12年大児卒)

 大学生活で思い出に残ることといえば、何といっても児童文学科での制作の授業です。作家になりたくて梅花に入った私は、毎回楽しみにしていました。
 制作の授業では、物語を書く技術を学び、作品を書いて先生に批評してもらいます。現役作家でいらした先生は、「作家は自分の中にある熱い思いを作品に書かなくてはならない」と、よくおっしゃいました。けれど当時、作品にしたいというほどの「熱い思い」が乏しかった私は、原稿を書くのに四苦八苦。書きたいことを見つけるのに苦労しました。学年が上がるにつれて先生の批評は厳しくなりましたが、おかげでずいぶん鍛えられたと思います。当時叩き込まれた作家としての心構えや創作の基礎、そして「熱い思いを書く」という指針が今、作家としての私を支えてくれています。また、児童文学科の必修科目で、古今東西の様々な作品に触れたことも視野を広げる助けとなり、4年間どっぷりと児童文学に浸った経験は、大きな財産になりました。
 4年生のとき、脳性まひで手足が不自由な自分の経験を元にゼミで書いた作品が、第16回ニッサン童話と絵本のグランプリ童話部門最優秀賞をとり、受賞作『くつが鳴る』が出版されました。卒業後は、児童文学作家として同人誌で創作するかたわら、梅花高校の人権授業で十数年にわたって講演。毎日新聞での連載をきっかけに、新聞社主催の講演や、市の福祉講演会に招かれたりもしました。創作でも講演でも共通している思いは、「私の話を通して、体が不自由な人の気持ちを多くの人に知ってもらいたい」ということです。最新刊『笑われたくない!』(文研出版)にも、その思いを込めました。
 児童文学科の名前がなくなってしまったのは本当に残念でなりませんが、多くの学科卒業生が同じプロの作家として活躍していることは心強いです。私も学科で学んだことを活かし、書き続けていきたいと思います。

~夢の途中~

2018年05月31日(木)
井上林子 (H12年大児卒)
 大学時代、私は児童文学科の畠山兆子先生の「近代日本児童文学」ゼミで、宮沢賢治や豊島与志雄、現代の児童文学作家の研究をしていました。他に「絵本制作」や、「外国児童文学」の研究、一般教養でも「歴史」や「映画論」など、興味ある授業はなんでも受け、好きなだけ児童書を読むという、なんとも賛沢で豊かな日々を送っていました。私は児童書が大好きなので、児童文学科の勉強は本当に心から楽しく嬉しいものでした。
 また、在学中は絵本研究会「こうめ文庫」に所属し、梅花幼稚園の子どもたちと一緒に絵本をよみあってきました。そこでは、座学だけでは得られない、絵本に対する子どもたちの本物の反応を知ることができ、私自身の絵本観を育ててもらいました。今も「子どもが心から好きになる絵本、求める物語とはどういうものなのか?」を探りながら、子どもたちから様々なことを学ばせてもらっています。
 現在私は、児童文学作家をやりながら、梅花幼稚園未就園児教室・絵本クラスの先生と、絵本クラブ「こうめ文庫」のスタッフを引き続き楽しくやらせてもらっています。
 大好きな児童文学を仕事にでき、さらに、かわいい子どもたちのためになる仕事もできる今の状況を、とても幸せに感じております。
 私だけでなく、児童文学科の先輩方や、同期の友だち、後輩たちも、みなさん自身の夢を叶え活躍されています。作家、画家、翻訳家、編集者、研究者、教育者、書店員、図書館司書、保育士、小学校教諭、子ども関係の仕事、絵本にくわしい素敵なお母さん・・・・・・。それ以外の仕事でも、大学で学んだことを糧に、みなさん、未来を生きる子どもたちへとつながる仕事を日々頑張っています。これは、とても尊くすばらしいことだと思います。
 梅花の卒業生は、夢を叶え続けています。
 みんなも、私も。
 これからも、ずっと――。

支えあればこその・・・今

2018年04月13日(金)
 主人と海外出張中に東日本大震災が起こり、子供と会えたのは3日後。自宅と主人の両親が経営する工場が津波で流され、8、5、1歳の子供との避難所生活は会社再建に奔走する主人達の負担になると思い、震災から7日後に実家のある大阪へ。実家から2時間離れた市営住宅にて母子4人で生活を送りました。
 翌2012年に宮城に戻った後4人目を授かり、一昨年幼稚園に入園したのを機に私も家業を手伝うようになり、今に至ります。
 震災から丸7年。復興が進む中未だ仮設住まいや県外避難が続く人も多く、私自身も当時の複雑な思いが今も時々頭をよぎることがありますが、生かされた命と震災以降お世話になった方々に感謝しつつ、家族皆各々の目標に向かつて日々頑張っております。
 また卒業アルバムも流され、厚かましくも同窓会にご相談させていただいたのがご縁で、今回寄稿させていただくことになりました。改めて厚く御礼申し上げます。
漬口有記  H8年短固卒

アメリカ フロリダより

2018年04月13日(金)
 2017年6月16日、古希の同窓会では久し振りに旧友と会うことが出来、楽しいひと時を過ごし、すぐに学生時代に戻れ、感激しました。
 日本を離れて49年、私の願望は70歳の誕生日を日本でお祝いしたい、同窓生の皆様にお会いしたい、私の家族に日本を見て欲しい、そして家族全員で着物を着て写真を撮りたいと思い続けておりました。お友達のご好意で豊中の杉本写真場で写真を撮っていただきました。
 私の家族は息子を除いては、日本を見たことがありません。私の息子の嫁、そして嫁の母親、嫁の姉家族はプエルトリコ人で着物も初めてで良い経験をしたと言っております。2週間の旅行は(東京、大阪、京都、広島、富士山)忘れることが出来ない、素晴らしい思い出が出来たと喜んでおります。皆様に神様の愛と祝福が有りますように。
宏子・サンフォード
S41年高卒

懐かしいバレエ同好会

2018年04月13日(金)
 皆様お元気にお過ごしでしょうか。
今、古いアルバムを見ていますと、60年前の記憶が鮮明に建ってきます。それは中学生の頃のバレエ同好会の日々でした。1956年に波岡先生が発起人となられ「バレエ同好会」が発足しました。
 初めての学園祭は、あの頃一番大きかった産経ホールでした。中学生の時は宝塚歌劇団・振り付けの渡辺先生ご指導で「王様と私」高校生では「くるみ割り人形」を発表しました。夏休みにはアピールキャラバン隊として岡山方面の会館や小学校にも行きました。高校卒業後はバレエ団に入団、結婚、子育てを終えた後、またフラメンコを始め、長い年月舞踊を続けてきましたが、13年前に踊る事を卒業しました。今は一日一日を大切に、幸せに思える日々を重ねています。1月18日の創立140周年記念式典に出席させて頂き、多くの方々とお逢いし、和やかなひとときを過ごさせて頂きました。
中西節子 S35年高卒
 

昭和51年高卒3年F組還暦クラス会のご報告

2017年10月24日(火)

平成29年9月9日木村定先生と生徒14名でMINOH KAJIKASOUにて開催しました。
先生からもお祝いの言葉をいただき 近況報告を交え楽しい時間を過ごしました。
また今回は還暦ということで ランチのコースと大江戸温泉物語箕面観光ホテルに宿泊するコースも設けました。幹事はプランを立てている時から下見(食事)をして楽しんでおりました。
全員が集まることが難しいですが いつまでも長く続けていけたらと思います。

幹事:原田 邦子(旧姓 船渡)
 

 

昭和48年中学卒 還暦同窓会

2017年10月13日(金)
平成29年7月29日豊中駅前ホテルアイボリーにて開催しました。
私たちの時はクラスが一つで三年間持ち上がりで一緒でした。
担任は社会科の滝谷美佐保先生、副担任は梅花に入ってこられたばかりの体育の中村良一郎先生です。途中、滝谷先生がご主人の転勤で退職され、その後に英語科の沢田泰子先生が担任になりました。
今回は滝谷先生も遠方よりご出席の予定で切符も手配していただいていたのですが、ご主人が体調すぐれなく欠席となり残念な結果になりました。中村先生は卓球研修会で欠席でした。
私たちの同窓会は二年に一回開催しています。今回、一人より「私、60歳で結婚します」のサプライズ宣言があり、皆を元気にしてもらいました。みなさんと元気でお会いできることを楽しみにしております。
幹事:佐々木美紀子・藤元紀子・吉田富美子(旧姓 上田)
 

昭和51年高卒還暦同窓会のご報告

2017年09月28日(木)
昭和51年高卒還暦同窓会
 2017年6月4日(日)新大阪ワシントンホテルプラザにて 恩師7名〈市川・大野〔旧 新堂〕・金子・木村(定)・澤田・吉田・吉見〉、海外、遠方からも参加で総勢72名で開催しました。
 先生方から、近況報告や当時の懐かしい話をしていただいたり、学園歌をバックに卒業アルバムを基にしたスライドショーを見て、学生時代に戻って大いに盛り上がりました。
 最後に皆で校歌を斉唱して再会を約束しました。 
 おみやげとしてホテルの好意で集合写真を配っていただきました。

幹事 A組 斎藤(岩倉) H組 山本(栗原) K組 玉置(名波)・鮒田(亀若) 
 L組 畑(織田)  M組 中澤(尾久土)