お便り

61年振りの再会

2019年07月18日(木)

 私が短大英文科3年生の時に一年生だった3人の後輩から「今阪急電車の中」と突然電話がかかって来ました。 同窓会館で会える様、事務の方に「今から後輩三人が行くから保護して」と電話をしてすぐ会館に出かけました。偶然来られていた川端新会長も心よく迎えて下さり、お互いに手を取り喜びの再会が出来ました。
 当日は高校の体育祭の開催日で、会長の案内で吉田校長先生も紹介して頂きました。梅花に学べたから出逢いがあり温かい同窓生のお迎えを頂き、彼女達は学舎の様変わりと発展に61年前の想い出を胸に、来年は大学を案内する約束をして 山口県・岡山県・埼玉県へと家路に着かれました。
昭33年短英3年制卒 三浦佐代子  

 卒業以来の母校、素晴らしく立派だった。
初対面の会長様自らのご案内に恐縮。澤山保羅先生の胸像に感激。
三浦姉には、突然の連絡でしたのにお世話に感謝。
昭34短英 蜂谷(埼玉)綱沢(岡山)熊谷(山口)

 
 

支えあればこその・・・今

2018年04月13日(金)
 主人と海外出張中に東日本大震災が起こり、子供と会えたのは3日後。自宅と主人の両親が経営する工場が津波で流され、8、5、1歳の子供との避難所生活は会社再建に奔走する主人達の負担になると思い、震災から7日後に実家のある大阪へ。実家から2時間離れた市営住宅にて母子4人で生活を送りました。
 翌2012年に宮城に戻った後4人目を授かり、一昨年幼稚園に入園したのを機に私も家業を手伝うようになり、今に至ります。
 震災から丸7年。復興が進む中未だ仮設住まいや県外避難が続く人も多く、私自身も当時の複雑な思いが今も時々頭をよぎることがありますが、生かされた命と震災以降お世話になった方々に感謝しつつ、家族皆各々の目標に向かつて日々頑張っております。
 また卒業アルバムも流され、厚かましくも同窓会にご相談させていただいたのがご縁で、今回寄稿させていただくことになりました。改めて厚く御礼申し上げます。
浜口有記  H8年短国卒

アメリカ フロリダより

2018年04月13日(金)
 2017年6月16日、古希の同窓会では久し振りに旧友と会うことが出来、楽しいひと時を過ごし、すぐに学生時代に戻れ、感激しました。
 日本を離れて49年、私の願望は70歳の誕生日を日本でお祝いしたい、同窓生の皆様にお会いしたい、私の家族に日本を見て欲しい、そして家族全員で着物を着て写真を撮りたいと思い続けておりました。お友達のご好意で豊中の杉本写真場で写真を撮っていただきました。
 私の家族は息子を除いては、日本を見たことがありません。私の息子の嫁、そして嫁の母親、嫁の姉家族はプエルトリコ人で着物も初めてで良い経験をしたと言っております。2週間の旅行は(東京、大阪、京都、広島、富士山)忘れることが出来ない、素晴らしい思い出が出来たと喜んでおります。皆様に神様の愛と祝福が有りますように。
宏子・サンフォード
S41年高卒

懐かしいバレエ同好会

2018年04月13日(金)
 皆様お元気にお過ごしでしょうか。
今、古いアルバムを見ていますと、60年前の記憶が鮮明に建ってきます。それは中学生の頃のバレエ同好会の日々でした。1956年に波岡先生が発起人となられ「バレエ同好会」が発足しました。
 初めての学園祭は、あの頃一番大きかった産経ホールでした。中学生の時は宝塚歌劇団・振り付けの渡辺先生ご指導で「王様と私」高校生では「くるみ割り人形」を発表しました。夏休みにはアピールキャラバン隊として岡山方面の会館や小学校にも行きました。高校卒業後はバレエ団に入団、結婚、子育てを終えた後、またフラメンコを始め、長い年月舞踊を続けてきましたが、13年前に踊る事を卒業しました。今は一日一日を大切に、幸せに思える日々を重ねています。1月18日の創立140周年記念式典に出席させて頂き、多くの方々とお逢いし、和やかなひとときを過ごさせて頂きました。
中西節子 S35年高卒