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東京支部だより

 秋月 誠(19)
 第29回東京支部総会が11月3日(土)浅草ビューホテルにて、本部より大岩会長に出席をいただき開催されました。参加人数は20名でした。
 今回より会場を「松本楼」より「浅草ビューホテル」に移し、食事も初めての中華料理にしたところ、出席者の皆様からの好評を博しました。イベントも「もしもし亭力丸」さんの落語会と武部幹事のクイズで大変盛り上がりました。
 今回8年ぶり・5年ぶりの先輩(女性)の参加がありましたが、喜んでいただき、また来年も是非参加したいと言われてました。
 来年も11月9日(土)に「浅草ビューホテル」にて同会を開催いたします。在京の皆様是非ご参加ください。


八年振りに参加して…
中島 喜久(17)
 東日本大震災で電車が止まり、東京から徒歩で帰宅されているテレビの映像が、ずーと頭によぎり東京から茨城までと想像するだけでなかなか支部総会に参加することができませんでした。(ちょっとオーバーに聞こえるかもしれませんが…)
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東京支部会長 秋月 誠(19)
 第28回東京支部総会が11月18日(土)東京日比谷「松本楼」にて参加29名で行われました。
 本部より原会長、大阪市立フロンティアビジネス高等学校の川口校長に出席いただきました。
 28期生(ピルザーダ早苗 文野美代子 高岡里美)による名曲の披露があり、また今回初の余興で「紙切り芸人」三遊亭絵馬さんに似顔絵を切ってもらいました。会場は笑いで大いに盛り上がりました。
 今年も11月に実施しますが在来の皆様、奮ってご参加ください。


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秋月 誠(19)
 第27回東商同窓会が11月12日(土)東京日比谷公園内の「松本楼」にて、参加者24名で行われました。
本部より原会長と白川財務委員長に出席いただきました。
武部幹事のユニークなクイズ、28期生の文野さんのシャンソンの名曲等で大いに盛り上がりました。
今年も11月18日(土)に実施いたします。在来の皆様、奮ってご参加ください。お待ちしております。
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秋月 誠(19)
 第26回東京支部総会平成27年11月7日(土) 於:日比谷松本楼
 東京同窓会も26回目を迎えることになりました。大阪より原会長、浦西、白川さんが出席されました。今回もゲーム、先輩後輩とのなごやかな会話で大いに盛り上がりました。本年度は11月に日比谷の松本楼で開催します。是非在京の皆様参加して下さい。


柳 卓佐(15)
 小生は昭和38年4月に東商を卒業して三菱商事大阪支社に就職し、昭和45年4月(大阪万博の年)に東京本社に転勤となりました。
 当時はまだ東京には東商の同窓会が有ることを知りませんでしたのでちょっと寂しい気持ちがありましたが、20年前に東京支部から突然第6回東商同窓会の案内がありましたので喜んで参加しました。その時の会場は記憶が正しければ霞ヶ関ビルの三井クラブで支部長は旧3期の久保さんだったと思います。当時の出席メンバーは90歳代の大先輩などを含め70名程集まっており大変にぎやかでした。小生は当時50歳でしたが本当に若輩者という感じでした。
 それ以来一度だけ所用のため欠席した以外は毎年出席させていただいております。
 最近は例年日比谷の松本楼で開催されますが残念ながら参加者が40名程度に減ってきています。
 高校時代は英文タイプ部に所属しており、大阪大会では断トツで東商が優勝したのを誇りに思っています。
 小生はいまや東京生活のほうが長くなり、久しぶりに大阪弁で話し合える同窓会は親しみを感じます。関東在住の同窓生にも是非ご参加頂き東京支部を益々盛り上げていただけます様お願いしたいと思います。
 今年は大阪の同窓会にも2年ぶりに出席し帰りに東商、天王寺商業、市岡商業が一つになった大阪ビジネスフロンティア高校を見てきました。今後の成長を見守りたいと思います。
 さて小生も今年古希を迎え5人の孫を持つ好々爺となりました。残りの人生を有意義に過ごすべく趣味として囲碁、バードカービング、木目込み人形などを楽しんでいます。
 これからも健康が許す限り毎年東京支部同窓会に出席したいと思っています。

 
山口 希差九(17)
 2~3年所用で出席できず久し振りの東商同窓会東京支部会の参加でした。
 夜勤開けの重い体を引きづりながら出席メンバーを想像し早くお会いし旧交を暖めたいとJR有楽町駅から徒歩で秋風を体感しながら日比谷公園内の松本楼へ急ぎました。
 開会して式次第に沿って進行中今年26回目を迎えるとの事、小生の初参加は何回目ぐらいだったのか頭の中を横切った。あれはたしか新潟から転勤で戻った平成4年頃友人の木村君から東京で東商の同窓会が開催されているから行ってみないかと誘いの電話があり出席しました。記憶はさだかではないが確か蔵前附近の小料理屋2階座敷席だった様な気がする。初参加者は我々を含めて4~5人位で下座にて整列して、大勢の先輩方を前にしての自己紹介、大変緊張して胸が苦しくなった事を思い出す。
 乾杯の後、松本楼の洋食に舌づつみをうち、ワインのグラスを重ねる度に会場の雰囲気がなごみ各テーブルの顔ぶれが変わり、会話が膨らみ盛上り談笑の輪が広がり親近感もはぐくまれた様です。
 あっとゆう間の時が過ぎ、記念撮影、校歌斉唱で閉会。
 会を運営されている皆様お疲れ様でした。来年を楽しみにしています。
 17期の皆様学校出てから50年が経ちました。旅のついでに東京支部会に参加してみませんか!!
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秋月 誠 (19)
   東京同窓会も25回目を迎えることになりました。大阪より原会長、高橋先生が出席されました。高橋先生はお元気で、毎年楽しみに出席されております。
  今回、女子会を開催しようと女性群で大変盛り上り、11月17日奥多摩へ日帰りランチバスツアーを開催しました。是非在京の女性の皆様参加して下さい。
  最後に記念撮影、校歌を全員で歌い終幕となりました。来年も11月に日比谷の松本楼で開催します。在京の皆様是非参加して下さい。
田高良 和子(22)
 今年は同期の方の出席が少ないと聞き、会場で浦島太郎のようになってしまわないかと少し気懸りでしたが、同窓の共通話題に期待をして出席しました。会場の穏やかな雰囲気の中、初対面にも拘らず皆さんとはすぐに打ち解けることが出来ました。これが同窓生ということなのか、時間を飛び越え皆さんと共通する日々があり東商時代の点と線が繋がり、不思議な感覚にとらわれながら楽しい語らいのひと時でした。
 卒業式以来四十五年振りに数学の高橋先生にお会いすることも出来ました。懐かしいお声で全くお変わりなく、当時のメリハリの利いた数学の授業を思い出しました。次回は是非大先輩方の東商の思い出話や近況などお聞きしたいと思います。
 最後に幹事の方々に多くの心配りを頂きお世話になっていることにお礼を申し上げます。
竹内 伸行(34) 
 東商同窓会東京支部総会に初めて参加させて頂き、誠に有難うございました。東商同窓会は平成24年度の同窓会総会に一度だけ参加させて頂きました。その年は,新34期生が総会当番期ということでしたので総会の連絡がありました。当日は卒業式以来の30年ぶりの再会となり、楽しいひとときを過ごさせて頂きました。東京支部総会のこの日は、大先輩であられる新19期生の皆様が7名もこられていました。聞くところによりますと、普段から連絡を取り合っているとお聞きし、仲の良さに大変驚きました。また、大阪から出席されていました高橋先生も毎日お元気で過ごしているとの事でした。先輩の方々との会話以外にもゲームをし、校歌の合唱、記念撮影などをしました。楽しいひとときは、あっという間にすぎるものです。今回は、私にとって先輩の方々とお会いできたことが一番の喜びとなりました。大変に有難うございました。

 
 


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東京同窓会幹事より
秋月 誠 (19)

 東京同窓会も24回目を迎えることになりました。今年米寿を迎えられました高橋先生と原会長が大阪より出席され、先生は毎年東京の同窓会に出席することを楽しみにしておられます。先輩S氏が詩吟で米寿のお祝いをしてくださいました。又クイズもあり女性陣の参加も多く支部女子会も行う予定です。最後に記念撮影、校歌を全員で歌い終宴となりました。来年の10月に日比谷の松本楼で開催しますので在京の皆々様是非参加してください。

 

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平成24年10月28日(日)日比谷公園内松本楼にて、高橋政男先生のご出席を得て49名が参加して開催。
今回は大阪方面から本部役員2名を含む7名の参加があり、高橋先生のまるで漫談のようなスピーチ、橋詰喜久さん(新6)の手焼きクッキーのプレゼント、テーブル別の漢字書き取りコンテスト等、例年にも増して和気あいあいの雰囲気で楽しいひと時が流れました。
 

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第20回東京支部総会
平成21年10月31日(日)於:日比谷「松本楼」
大垣 伸行(新17)
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揮毫(武部 晴子(新20))
谷口 隆夫(新20)

 東商出身の大先輩には、いろんな方面でご活躍されている高名な方が多いが、日銀の中で、特筆されるお二人の東商出身者を紹介しつつ 東商90周年のお祝いとしたい。
「鎌田正美」氏(旧5)「海老 徹」氏(旧18)。
お二人とも故人となられたが、東京在住の東商の後輩の面倒を良く見られた。
 鎌田氏は、平成2年の東商70周年を記念し、東京にも同窓会を作ろうとの機運が高まり、同年9月の第一回会合において後輩の推薦で東京東商会の会長になられた。その後、横尾氏(旧13)佐藤氏(旧24)と続き、現在は4代目、会も20年20回と続いている。残念ながら鎌田氏の会への出席は第?回が最期になられた。
 日銀時代は戦後大阪の復興と紡績金融の推進者として辣腕を発揮された。玉造小学校から東商を出て東商出の受験生が目指す旧制高等商業学校のうち、神戸高商を受けられたが、失敗。そこで一念発揮して猛勉強し、旧制大阪高等学校に挑戦し上位4番内に入る好成績で合格。 氏は、神戸高商に入学できなかったことが却って発奮興起の機縁となり「もし、神戸高商に合格していたら、随分違う人生を歩んでいた」と回顧されていた。
 「海老 徹氏」は、東商卒業後昭和15年に日銀に入行。鎌田氏とともに、東京在住の後輩の世話をされることが多かった。同期のある日銀職員は、海老氏を「明晰・的確な事務能力、明るいユーモアのある性格から笑いの多い話術と絶大な包容力の持ち主」と評された。
東京会と鎌田会長とのパイプ役として初期のつどいには大変お世話になった、お一人と聞いている。
 東京で催しされた海老彰子ピアノリサイタルや姉妹のピアノソロ、連弾コンサートでは、東商東京支部の友人が招待され、バッハ、ベートーベン、ショパンと三大作曲家の各々の特徴を弾き分けるという素晴らしい技能を披露し、感激されたと言う。苦労してお嬢様お二人の著名な音楽家を育て、万感の思いであったであろう。
 戦前・戦後を通じて、東商出身者が日銀に就職したのは男女合わせて知る限りでは20名(戦前6名、戦後14名)。このうち、女性は5名で昭和40年卒が最初。男性では、昭和39年卒から43年卒まで毎年1名は、日銀に就職していたが、近年は男子生徒の減少や日銀の大卒採用増から、昭和46年卒が最後になった。直近の者をみると、商業学校ながら日銀入行者は、運動部(バレー、バスケット部)出身が多 いのが不思議なところ<因みに小生もバスケット部出身>。

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水谷 良一(旧23
 東商の想い出と言われても六十年も昔のこと、思い起すのも大変!我が家は質屋だったので父親は商業学校へ行かせたかったのでしょう。当時は大阪では商業学校といえば、天王寺商業、東商業、市岡商業。小学校は遠距離通学で清堀小学校。
同期で5、6人が東商に入学したように思います。

 雨天体操場があって、二階が講堂、その先に広いグランドがあり、左側に柔剣道の道場。
講堂がある2階の音楽部の部屋で演奏会の練習に明け暮れ、朝日会館でコンサートをしたのを思い出します。当時は東商の音楽部は日本で一、二を争う優秀校だったのです。
 その頃までは平和で良かったが、日支事変から真珠湾、大東亜戦争へと軍国主義に日本が突っ走って行った時代。学校でも軍事教練で配属将校が居て、散々に絞られたのも懐かしく思い起こします。
 上本町二丁目あたりだった、あの校舎は戦災で焼失したのでしょうか。終りの一年は森の宮の大阪陸軍造兵廠へ学徒動員の徴用。その間、同期生たちは陸軍幼年学校、海軍兵学校、七つボタンの予科練へと軍隊に。私も卒業と同時に朝鮮の“ケンジホ”という処の日鉄の工場へ行くことになったのだけれど、鉄道も何も無くなり行けず、そのうち八月に終戦!!
それからもう六十年過ぎたのですね。
 今のこの平和な時代がやはり幸せなのでしょうか?あの時代の緊張感も何故か懐かしく思い起こします。

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