東京武夫原会

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歴史探訪(護国寺〜旧宣教師館〜雑司が谷霊園〜鬼子母神)

去る5月18日、第3回目となる東京歴史探訪を行いました。今回の場所は文京区から豊島区にまたがる地区を、凡そ2時間かけて巡りました。
まずは護国寺の仁王門前に集合し、境内を散策。護国寺は五代将軍綱吉公が母である桂昌院の発願により創建した名刹で、大正時代の関東大震災や昭和の東京大空襲を経ても、数多くの江戸元禄年間の建物が現存しています。
本堂を囲むように、大隈重信や三条実美など幕末から明治期の元勲や政治家の大きな暮が点在しています。
次に明治時代にアメリカから日本に来日し、当時は新興住宅地と畑が散在する雑司が谷地区に、教会と幼稚園を建ててキリスト教の布教活動を行った宣教師マッケーレブが明治40年に建てた自宅が、今は豊島区の施設として一般に公開されています。静かな住宅街と緑に囲まれた洋館は、周りの景色に溶け込むように建っており、心休まるひと時でした。
宣教師館を出て間もなく行くと雑司が谷霊園です。ここには五高で教鞭をとった夏目漱石や小泉八雲の墓があり、奇しくも同じ場所に葬られていることに不思議な縁を感じました。この霊園は明治以降に整備されたことから、比較的なじみのある著名人、例えば竹久夢二や永井荷風、また俳優の大川橋蔵などのお墓が広い霊園に点在し、訪れる人は管理事務所で園内の地図を手に回られる方が多いようです。
最後に鬼子母神へと向かいました。安産・子安の神様として江戸の昔から多くの参拝客が訪れ、庶民の信仰を集めてきました。本殿は1664年に創建されたもので、区内最古の建造物だそうです。また参道の大ケヤキ、古いものは樹齢400年のものもあります。今では多くが植え替えられましたが、鬱蒼とした雰囲気はまだ健在です。境内には樹齢600年に及ぶ大イチョウもあり、秋にはあたり一面が黄金色の落葉の絨毯となります。
ここで今回の探訪は終了。帰路は学習院のキャンパスを見ながら、目白駅を目指して帰路につきました。
文責 曽根田