東京武夫原会

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歴史探訪  第4回 港区 乃木坂〜六本木〜赤坂を歩く

12月14日(日)午後、乃木神社(乃木大将旧宅)を13時スタート。東京ミッドタウンから檜町公園(旧山口藩毛利家下屋敷)を経て、赤坂氷川神社から勝海舟邸宅跡、三分坂から薬研坂を経て紀尾井町の清水谷公園(大久保利通暗殺の場所)に至る、おおよそ2時間の道のりでした。
当日は小雨が降り、気温も10度以下の肌寒い気候で、当初は中止も考えましたが、ようやく雨もやんだため、希望者6人の有志で回りました。
 
乃木大将旧宅は明治天皇が崩御され、大喪の礼の当日に乃木大将と夫人が殉死された場所でもあり、当時のままで建物が保存され、その傍らに神社がお祀りされています。
 
続いて東京ミッドタウンから檜町公園へ。この一帯は江戸時代毛利家の広大な屋敷と庭園があったところで、明治時代から陸軍の駐屯地が置かれ、第二次大戦後は米軍の接収を経て防衛庁が設置されました。2007年に防衛庁が市ヶ谷に移設後は東京ミッドタウンとなりました。都会の一等地にも関わらず、大きな池のある公園として整備され、今に至っています。
 
公園を出た後は坂道を登り下りしながら赤坂氷川神社へ。木立に囲まれ鬱蒼とした境内に、1730年の創建となる本殿を始め、大半の建物がそのまま残っている場所で、七五三のお参りの親子連れが参拝していました。
 
この神社を下って行くと勝海舟の邸宅跡へ。生まれたのは両国本所ですが、その後は赤坂・氷川の地に3度、時期を違えて住んでおり、気にいった場所だったのでしょう。品川の薩摩藩邸での西郷隆盛との江戸開城の交渉も、この場所から出かけて行ったと言われています。
 
そこから三分坂、薬研坂を経て清水谷公園へ、ホテルニューオオタニのすぐ近くですが、明治の頃は昼なお暗い場所で、新政府での改革を推し進めた大久保卿に反感を持つ元士族によって暗殺された場所です。今では整備された公園となり、中央には三条実美の揮毫となる哀悼碑が建てられています。
 
探訪終了後は場所が赤坂ということもあり、最寄りの中華料理店に立ち寄って、よもやま話に花が咲き、一時間半程でお開きとなりました。
文責 曽根田滿